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2008年05月30日

意識の記憶

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私たちはいつ頃から自分の意識を持ったのだろう?


そして、私達人類はいつ頃から主体的な意識を持ったのだろうか。

二足歩行をはじめ、脳が大きくなってゆく100万年前。

高度な道具を使ったり、埋葬の文化を持ち始める20万年から5万年前。

記録に残る文明が花開く5000年から3000年前。

現在の世界宗教が出揃う2000年前。

そして、紀元2000年の今、人工知能が出現した。

わたしたちは姿かたちを進化させたように、

きっと、心も進化してきたのだということ。


”遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分に二分されていた。どちらの部分も意識されなかった。”

「神々の沈黙」 ジュリアン・ジョーンズ

久しぶりに興奮して読んでいる本です。

私たちはいつ頃から自分自身の意識を持ったのだろう?

2008年01月26日

絵本カーニバル

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大手門ワークスの1階にある子供服の店「シェラ・ソレイユ」と
お隣の女性服の店「アンビエンテ」で絵本カーニバル開催中です。

お店にはたくさんの絵本が並べてあります。
商品の服よりも点数が多いくらい。

「アンビエンテ」のテーマは赤。

新しくなった内装の白い壁に赤くかわいい姫林檎たちが並んでいます。

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2007年11月19日

晩秋の朝  知足者富

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道につながる人は、

いまの自分に満足をする、そして

それを本当の富とするんだ。

         加島祥造 (老子)

2007年06月12日

「旅をする木」

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「つまりトウヒにとって、枝を伸ばして葉を繁らせ、次の世代のために種子を落すという、普通の意味での人生が終った後も、役割はまだまだ続くのだ。

死は死でなかった。

最後は薪としてストーブの中で熱と煙になるのだが、その先も、形を失って空に昇った先までも、読む者は想像できる。

トウヒを成していた元素は大気の中を循環し、やがていつかまた別の生物の体内に取り込まれるだろう。

トウヒの霊はまた別の回路をたどって多分また別の生命に宿る。

・・・・

今となると、僕には旅をする木が星野と重なって見える。

彼という木は春の雪解けの洪水で根を洗われて倒れたが、その幹は川から海へと下り、遠く流れて氷雪の海岸に漂着した。

いってみればぼくたちは、星野の写真にマーキングすることで広い世界の中で自分の位置を確定して安心するキツネである。

彼の体験と幸福感を燃やして暖を取るエスキモーである。それがこの本の本当の意味だろう。」


いささか私的すぎる解説-池澤夏樹

星野道夫

「彼はクマに襲われて亡くなった。

つまり事故である。事故には偶然が大きくかかわる。

ちょっとした時間と位置のずれ、条件のわずかな違い、自然の気まぐれがあれば、別の結果になっていたはずだ。

だから遺された者にとって、彼の死という事実は受け入れがたかった。

彼が次の冬にアラスカで撮ったはずの写真、次の夏にシベリアのモンゴロイドの人々について書いたはずの文章、フェアバンクスで、あるいは東京で、あるいは沖縄で自分と会って過ごしたはずの時間、一緒にできた旅、などなど、奪われたものを心はまだねだっている。」

いささか詩的すぎる解説-池澤夏樹

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去年の夏に事故で逝った親友吉田圭一郎が見下ろしている長崎の港

2007年06月08日

旅をする木

「それは早春のある日、一羽のイスカがトウヒの木に止まり、浪費家のこの鳥がついばみながら落してしまうある幸運なトウヒの種子の物語である。

さまざまな偶然をへて川沿いの森に根付いたトウヒの種子は、いつしか一本の大木に成長する。

長い歳月の中で、川の浸食は少しずつ森を削ってゆき、やがてその木が川岸に立つ時代がやってくる。

ある雪解けの洪水にさらわれたトウヒの大木は、ユーコン川を旅し、ついにはベーリング海へと運ばれてゆく。

そして北極海流は、アラスカ内部の森で生まれたトウヒの木を遠い北のツンドラ地帯の海岸へとたどり着かせるのである。

打ち上げられた流木は木のないツンドラの世界でひとつのランドマークとなり、一匹のキツネがテリトリーの匂いをつける場所となった。

冬のある日、キツネの足跡を追っていた一人のエスキモーはそこにワナを仕掛けるのだ・・・一本のトウヒの木の果てしない旅は、原野の家の薪ストーブの中で終るのだが、燃え尽きた大気の中から、生まれ変わったトウヒの新たな旅も始まってゆく。」

「旅をする木」-星野道夫


7年ほど前に、三瀬峠の古い茅葺民家を借りて、竹炭を焼いているカップルに逢った。都会の広告代理店を辞めて、わらぶき民家で子供を産んで、裏山の竹林の竹を焼いていた。そこの名前が「旅をする木」

ずっと気になっていました。

先月、南区で「ルドルフ・シュタイナー・・」って書いてある店を見つけて、立ち寄ったら、「旅をする木」のパンフレットが置いてあった。今では養鶏も手がけて、小野寺睦さんの田舎暮らしは進化していました。
600羽の放し飼いの鶏が産む卵は大人気だそうです。

そして先日、本屋に寄ったら、「旅をする木」という星野道夫さんのエッセーを偶然見つけた。
たまたま「青い月」の中川さんが事務所に寄られたので、本の話をすると、星野さんが自分の愛した野生のクマに殺されたことを教えてくれました。

とても言葉が深く、映像的な心にしみるエッセーです。彼の言葉の向こうには、私の知らないアラスカや、知ってるはずの小さな地球が鼓動しています。

2007年06月05日

素敵な言葉-アラスカ

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寒いことが、

人の気持ちを暖めんるんだ。

離れていることが、

人と人とを近づけるんだ。


-「旅をする木」 星野道男-

2007年05月29日

素敵な言葉-不足

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裸にて

生まれてきたに

何不足

2007年04月25日

素敵な言葉-感謝

不平を言う人は幸福を得られず、

感謝する人には幸福が訪れる。

人は幸せだから感謝するのではなく、

感謝しながら生きるから幸せになる。

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感謝しながら生きようっと!!

2007年03月21日

活き

 ご同感いただけると思いますが、オトコがくたびれてきて-女性諸子にとってお淋しいことでしょう-変わって、オンナの活きがきわだってよくなってきたことです。
 人類が農業時代に入って、国をもち、国と国との戦争という、それ以前の(採集時代の)人類が経験したことのない機能・現象を持つようになりました。オトコは、穀物倉庫の数量の計算に長じているとされていて(これが迷信だったことは、今ではだれもがうなずくでしょう)役人になったり、政治をうけもったりしました。オトコの若者は、筋肉が発達しているというだけの理由で、戦士になりました。
 それからの慣習は、どうやら終ったか、おわろうとしています。
 21世紀には、戦争をなくすることも、オンナがそれをやりとげるでしょう。
つまらない民族間戦争も、あれはじつはオトコ社会が慣習的に持ってきた幻想による昂奮が、主原因でした。オンナは本来、ヒトというただ一種の感覚がゆたかで、人種・文化の違いということについては、神のような鈍感さを持っています。
 そのくせ、差異をあらわす文化についてはオンナが継承し、継承する能力も卓れています。21世紀は世界が一種類になるということはなく、多様さを人類が楽しむ時代になると思いますが、そのように積極的に楽しむという能力も、オンナのほうが一枚上のような気がします。
 活きのいいひとびとへ。
 ちかごろ頓に活きがわるくなっている側の、とくに活きがわるい一人より。
                         (平成4年12月 司馬遼太郎)

司馬遼太郎さんがなくなる4年前の文章です。
少し歳をとっただけのオトコとしては、オンナたちにエールを送りながらも、活きのよさだけはもう少し保っていようと思うのです。