光

光によって、全てが在るということ。
光はそれを受け止めるものによって、変容するということ。
光は観察する人の動きの中で、揺らいでゆくということ。

色ガラスを通過した光が量塊の間の闇を切り裂いてくる。
海、太陽、オンナ、ヒトデ、月、愛、・・・・
建築家の想いに光が染色されている。

荒々しいテクスチャーの曲面を、高い窓からの白い光がシャラシャラと注ぎ落ちてくる。
彼の石積みの文化はそこに穿たれた穴から溢れる光の文化。
我が木組みの文化は、屋根の下を抜けてゆく風の文化。

光によって、全てが在るということ。
光はそれを受け止めるものによって、変容するということ。
光は観察する人の動きの中で、揺らいでゆくということ。

色ガラスを通過した光が量塊の間の闇を切り裂いてくる。
海、太陽、オンナ、ヒトデ、月、愛、・・・・
建築家の想いに光が染色されている。

荒々しいテクスチャーの曲面を、高い窓からの白い光がシャラシャラと注ぎ落ちてくる。
彼の石積みの文化はそこに穿たれた穴から溢れる光の文化。
我が木組みの文化は、屋根の下を抜けてゆく風の文化。

八女の交差点に建つ歯科医院の完成間近の姿を確認し、にしで先生に教えられた近くの旨いちゃんぽんを食べて、そのまま星野村に登りました。
きらら温泉の横の「池の山荘」が全面改装建て直してこの3月から開業していました。

素敵な公共建築がまたひとつ増えました。
「池の山荘」の設計コンペに、設計集団櫂も参加したのですが、残念ながら別の方の設計が採用されました。
先行して建てられた「きらら温泉」ともうまく調和して、好感の持てる2階建ての山荘旅館が完成していました。
ちなみに、櫂が提案したプランは平屋建ての旅館でした。
フロントの客あしらいもよい雰囲気です。
もう6月は週末の予約がいっぱいだそうです。
「星野村はなんか、こう、村の品格みたいなモンがあるよね。」
「うん、それと小国と比べると谷が深くなくて明るいね。」
よく一緒に星野村を訪ねた、櫂の古賀士平と利助の沢渡さんが言ってたのを思い出します。

老人福祉施設だった頃の「池の山荘」は1泊2食付で6000円でしたが、新しくなって9500円になってました。
きらら温泉にゆっくり浸かって、緑の英気をおもいっきり吸い込んで、

いつものように、「茶の文化館」で新茶を買って帰りました。
上は茶の文化館玄関ホールの水盤に映る星野の空。

大分県国東半島のつけ根に杵築の城下町があります。
「北台」と「南台」の武家屋敷群に挟まれた谷あいに町人の町「谷町」がつづいている特殊な街の構造です。
村長は28~29歳のころ、勤務していた建築事務所の仕事で、杵築のまちなみ保存を検討するために調査に訪れたことがあります。
当時は高台の武家屋敷から見下ろす谷町には、酒屋や味噌屋の瓦葺の古くて大きな建物が軒を連ねていました。
日本中の他の町と同様に、新しいバイパス道路沿いに商業施設ができて、古い商店街は寂れてゆきつつありました。客足が減ってゆく商店街の要請で、街の保存と再生のコンサルタントが求められたのです。結局、その後私達が計画策定に関わることはありませんでしたが、高台の武家屋敷からの、谷をびっしりと埋める商家の屋根が夕陽に照らされている光景をよく憶えています。

久しぶりに訪れた杵築のまちは、谷あいの商家の多くを建替えて、道幅も拡張され、観光地として開発されている最中のように見えました。
寂しげなまちの様子が気になりましたが、他に類のない街の構造を活かしたまちづくりが成功することを祈ります。
これから20年後には、一度郊外に転出した施設が旧市街に戻ってきて、
後期高齢者になった私達が、電動車椅子で買い物ができるようなまちがきっとできることを・・・

杵築のまちに、音楽の趣味をともにされる若いご夫婦のための住宅、「つーとんの家」の設計が始まります。

福岡市西区姪浜の古い住宅地に、周りの2階建て住宅の中に象嵌されるように、平屋の「いろねの家」ができました。
防音ドアの玄関扉をあけると、そこは土間の「いろねホール」です。
奥様のピアノ教室が開かれます。
奥様お手製のネーム入りスリッパがカワイクならんでいました。
京都の「いれもん屋」さんにつくってもらった、ドレミファ階段も間に合いました。
ハンモックデッキが完成して、まんなかにピンクのはなみずきが植えられれば完成です。

アプローチには、かず君が撮った写真を飾れるボックスと、木製の花壇が設えてあって、床には特注のガラス玉がオタマジャクシ(音符)のかたちに象嵌されています。
通勤路になぜかほっとする住宅がある。
平屋の小さな一戸建て。
お歳の方が住んでおられるようだ。

白い壁に鉄板屋根。木製建具に板の塀。
枯れかけた大きな樹と西陽除けの簾。
新建材も、ハウスメーカーも、住宅を設計する建築家もなかった頃の住宅。
地域とか、時代とか、そんなものがデザインしたんだろうアノニマスな住宅。
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小さな白い住宅のそばにある古い白い集合住宅。

道路には面していないこの側面のなんと無愛想なこと。
隣地側はいずれ同様の高層建築で隠れると考えて無視したのか。
西日を嫌って塞いでしまったのか。
ここにも恣意的なデザインが排除された結果の心地よさがある。
ちょっと見惚れる即物的なスカイライン。

いくつかの建物が集まったときの、町の景観について考えています。
世の中に大きな規範というものが見あたらない時、人々に共有する価値観のようなものが少ない時、技術が表現を規定してしまうというようなことがない時、私達は建物にどのような意匠を施すのだろう。
そもそも意匠を施すという言い方に意匠を機能や技術から切り離せるという前提がある。

かつて、安藤忠雄さんや伊東豊雄さんはコンクリートやアルミに表現を還元してみせた。
デビューした時の妹島和代さんは軽やかな感性で謳い踊るような軌跡を形にしてみせた。
藤森照信さんは高笑いする悪党のように、見たことのないような形をいきなりポンと出す。
才能ある建築家たちは、意匠の意味を問い直すところから新しい地平を切り開いてきた。
しかし、建築家の手になる建物がまちなみを創りだすことは極めて少なく、「まちづくり」に取り組む建築家達も、伝統的デザインの他にまちなみの意匠を語ることができないでいる。
むしろ、建物が商品として「デザイナーズ○○」と呼ばれるようになり、建築の意匠は加速して消費されるようになった。
ときおり、彼の国や地方の意匠を纏いながら、誠実にデザインされた建物に出会うことがある。
それらは大抵、姿かたちや部品が何処かのスタイルを踏襲しているではなく、材料や工法や地域性に対する理解の下に建築がなされている。
石と土と木と鉄とガラスとそして人との関わりが丹念に扱われている。
私達が彼の国やその地方独特のまちなみに心惹かれるのは、きっとそのような生活に対する丁寧さと建築が経た時間の厚みだと思う。

余剰戸数450万の住宅と過剰過大な公共建築とスクラップアンドビルドの商業建築。
量としての建築が充足しても、わたしたちのまちは何故か豊かにはならない。
皮相なスタイルやテイストに頼ることのない、誠実なものづくりが必要だと感じる。
個々が主張し突出するのではなく、かつ固定的伝統意匠に陥らないデザイン。
地球規模の課題を直視しながら、豊かな生活を求める普通の視点。
そのようなものがあるような気がする。
きっと私たちのまちの姿を誇りに思える時が来るような気がする。
その時のために建物をつくり続けたい。
「コトコトの家」はふつうの形をしています。
道路に面する東面は、総2階の白い切妻。そとん壁の櫛目引き仕上。
屋根は4寸9分の勾配。ガルバリウム鋼板平葺き。
切り妻の白壁の前に、一本の植栽。まだ細い株立ちのナツハゼ
北側お隣のアプローチにある槇の木が応援しています。

1階の土間には木製の家具。
ガラスのはまった棚と、丸いテーブルと、3脚の椅子。
建て主さまのご要望は、この3つのお気に入りの家具を置いて、映える家。
それだけでした。

横に櫛目がつけられた白壁にはふたつの小さな開口。300角のすべりだし窓。
1階土間と2階寝室から坂道の様子が伺えます。

南面の中央には1階から2階まで通しの木製格子。
格子の内側には眺めのよい洗面室と浴室が配置されて。
格子の前にはシマトネリコが一株植えられました。
この樹は水分をたくさん要求する樹だそうです。

キッチンを中心にしたかわいい家ができました。
奥様のまな板をきざむ音が聞こえてきます。
設計監理は坂口舞と馬場小葉紅のコンビです。
西区で独自に”子どもの村”を実現しているクライアントから、
「警固四つ角にあるイタリアンレストランは外観が良いですよね。」
世界中の街や建物を見ている施主の言葉だ。

"IL SOL LEVANTE"は毎朝の通勤路にある。
南仏か南伊スタイルのファッショナブルなお店ができたなと思っていた。
乾式のボードでフォルムをつくって、白くペンキで仕上げている軽さが気なっていたが、
毎朝9時過ぎにここを通るたびに、スタッフが店の前庭のセッティングをしている。

床を掃除し、テーブルを並べ、窓の桟を拭いて、ラックにワインの壜を並べている。
道路境界の花壇には、店のネームが入った煉瓦がはめ込まれている。
上段外壁の白い面に並ぶカラフルなロゴマークもなかなか唸らせてくれる。
サッシが木製で特徴的な窓割りになっている。
白い外壁面と赤い洋瓦のプロポーションが絶妙なのに気づく。
そして昨日、タバコの自販機が、建物に埋め込まれているのを発見して、
なんか、イルソルレヴァンテがいい奴なような気がした。

インテリアには吹き抜けがあって、オレンジ色の石釜があるらしい。
ピザを食べに入ってみようと思う。
通勤ルートにある、有名なケーキ屋さん。
暮のケーキシーズンには大賑わい。
ここはもともと福岡の著名建築家の設計による建物で、有名ブランド店が入っていた。

その駐車場部分に手が加えられて、ガラス張りのショップと緑の植込みと煉瓦のゲートを設えている。
通り沿いに植木鉢とパラソルとテーブルとメニューが並んでいる。
ガラス越しのショップから通りまで多様なシークエンスがある。
建築の境界が曖昧でやわらかい。
そこにメッセージの送り手と受け手の情景がある。
建物とオペレーションが同期して柔らかな建築が生まれる。
福岡市中央区御所ヶ谷にあるイタリアンレストラン「サーラカリーナ」
このお店は建築家白川直行氏の手になる素晴らしいレストランです。
福岡市都市景観賞を受賞しています。
荒木歯科医院の竣工披露パーティーでお呼ばれしたことがあります。
料理もワインも文句なし。客席からの景色もしっかり計算されてあります。
高さ3mの石垣に洋風の小さな蔵が挟み込まれたような正面外観です。
その脇の石垣の蔦の中に白いシンプルなサインがそっとあります。

このサインが「サーラカリーナ」のコンセプトを象徴しています。
都市の中のさりげなく上質な空間。
みどりのなかに象嵌された建築。
そしてヒューマンなあたたかさ。
土曜日はハウステンボスそばの川棚「海辺の家」で海を眺めながらビールとワインを飲み、
翌日曜日は朝から長与まで走って、「ゆういろの家」で海を眺めながら御弁当を食べ、
おやつの時間には福岡県小郡市に戻って「きつつ木ハウス」に立ち寄って、
夕刻には久留米市の「かえるの家」に辿りついて、おいしいお茶をいただきました。

引っ越して1ヶ月。自転車置き場に屋根がついたのを見せてもらいに来たのです。
車を使わない「かえるの家」の建て主ご夫妻は、素敵な自転車が移動手段です。

「かえるの家」のアプローチのコンクリートにはところどころ丸い穴が開いていて、中には苔が育っていました。

小さな南の庭には、「ビオトープ」と名づけた雨水を引いた小さな池があって、水底の石には藻がついていました。
「あれっ!貝がいる!」
「二枚貝と巻貝がいるんですよ。それとエビとドジョウと。」
「えっ、えっ!、何処に?何処に?」
「ほら、ほら、水面にメダカの子どもがいるでしょう。メダカの親は下のほうにいるんですよ。」
「ウワーッ、ドジョウがいる!」
小さな小さなビオトープには、4センチのドジョウと、3センチのエビと、2センチの親メダカと、8ミリの子どもメダカたちが生息していました。一番大きな生き物は6センチの2枚貝(ドブガイかカラスガイ)でした。

苔やメダカと楽しい時間を過ごしておられて、引越しのかたづけはまだかかりそうでした。
かえるの家のビオトープ。
今後がとっても楽しみです。

東京の雑誌社が「きつつ木ハウス」の取材撮影に九州福岡小郡に来てくれました。
撮影に朝からつきあっている小葉紅さんを迎えに、久しぶりに「きつつ木ハウス」を訪ねたら、
いきなり舞さんがモデルにされてしまいました。
「奥様の友人がふらっと訪ねてきて、土間キッチンで茶飲み話に話が咲いているシーン。」

長崎県西彼杵郡長与町はみかんの名産地です。
みかんは海のそばの陽あたりのよい傾斜面でよく実るようです。
海からの反射光がさらにみかんを美味しくするのだそうです。
みかん山を削って、造成した丘陵地に「ゆういろの家」は立ち上がりました。
建て主さまは広島市在住、建設予定地が長崎の長与なのですが、奥様のご実家が福岡で、長崎に縁があって福岡拠点のワークスに設計を依頼していただきました。
長与は村長が子供の頃、バスや自転車で市内からはるばる釣り遊びに来たところです。
そんな話をしていたら、建て主旦那さまも、なんと市内のご近所さんで(タイムラグはありますが・・)やはり長与に釣りに来ていたとか。
やっぱり縁というものはあるものなんですね。
棟上のお昼には、建て主さまご夫妻のコールマンツーバーナーで、お吸い物とお茶のおもてなしをいただきました。
11月、暖かい快晴の日曜日の棟上でした。

今宿の先の「中間」(チュウカン?)というバス停に、有名な医院建築があります。
建築家葉祥栄さんの作品で30年ほど前の建物ですが、今まさに飛び出そうとする宇宙船のように芝生の丘に、銀色に輝きながら停泊していました。
バス停のベンチには布の座布団が置いてあって、あの船に搭乗したのは、おばあさんなのかもしれない。
その奥に白いきれいな歯科医院が建っていました。

こちらも宇宙船と同じように、芝生の上の細いスロープを登って、入り口にアプローチします。
宇宙船の出発を見送る送迎デッキのようにも見えます。
どなたの設計なのでしょう?
南島原市の島原鉄道有家駅のすぐそばに、木造平屋建ての小峰整形外科医院の建築工事が進んでいます。かつて大噴火した普賢岳がすぐ近くで見下ろしています。

瀬野和広さんデザイン、末松信吾さん構造設計の木架構は清々しく軽やかでした。
使用木材は全て120角のカナダ栂。
120×120×4000の木材をフルに使いきって、6mスパンの診療リハビリ空間を実現しています。
この木架構を最大限に生かしたインテリアデザインがなされています。
120角の栂に、軽やかなスチールの補強です。

久しぶりに棟上の飾りを見ました。
近所から子どもたちがスーパーの袋を持って駆けつけてきます。

大工さんが建物の4隅に置く飾りもちを持って、いとも軽やかに軒の上を歩いていきます。

施主の小峰先生と瀬野さんと棟梁さんたちが力いっぱいもちをまきます。
村長ももちを拾って、ポケットにしこたま詰め込みました。

沖縄名護から駆けつけた構造の末松さんは棟が上がって、構造i家の仕事は一段落。
これからは意匠、設備、照明などの課題を解決しながら、現場監理が進んでいきます。
末松さんの横で柏手を打っているのはプロトハウスの牟田さん。
この建物のサイン計画を担当します。

秋らしい青空がどこまでも広がる、心地よい一日でした。

友人の森浩さんの案内で、完成したばかりの宇美町の図書館を見学しました。
川と道路に面して、2階のキャンティレバー集会室の下につくりだされた「プラットフォーム」が、既存の施設と新図書館を繋いでいます。

集会室ユニットを2階にホバリング(森浩談)させて、1階を大きな広場のようにしたかった。
大きな広場で町の人や子どもたちが好きな本に出会うイメージだそうです。
黒い全面板張りの床と白い布張りのオシリのような天井の間に、シンプルな白木の書架が並んでいます。

書架にも図書閲覧スペースにも学習スペースにも壁がほとんどなくて、天井の高い大きな空間には柱がなくて、森さんの設計意図どおり、あたかも、屋外で本を読んでいる感覚です。

一緒に見学した塚本さんは、公共建築がガラス張りになっていること。
利用者やスタッフの活動がみんな見えるようになっていること。
宇美図書館の透明性と開放性を高く評価していました。

ワークスの女性スタッフの共通した感想は「カワイイ!?」でした。
オジサンにはなかなか理解できない、意味の深い感想です。

この図書館のように建築的にも質が高く、利用者の視点でつくられた公共建築が増えることはうれしいものです。
森さんのネライは建築単体のデザインでなく、この図書館から多様な活動が町中に拡張していくことなのだと感じました。
ぜひ、粕屋郡に行かれた折には、立ち寄ってみてください。


福岡市薬院にあるM社のキッチンショールームがリニューアルオープンしました。
M社企画及びフロントスタッフ、WORKS坂口舞、CASE山本容子のCollaborationです。
一つ一つのキッチンがきちんと生活感のあるシーンを表現して、フロントスタッフが自信を持って、お客様に自社製品を説明できるショールームが完成したようです。
覗いてみてください。
「かえるの家」の南のアプローチを兼ねたかわいい庭に小さな池があります。
小さな池には屋根の水を全部集めて、井戸の水も引いてあります。
池の水面に反射する陽が木造の桁のすきまから、天井板に映って揺らいでいます。
ストリップの階段が中庭に面して明るく配置されています。
階段の上がりつく一番奥暗いところににトップライトが仕掛けてあって、
強い光が漆喰の壁を輝かせています。
内壁は藁すさの入った漆喰塗です。
自然光も人工照明も壁を横からなめるように射して、藁漆喰の趣を強調しています。

居間にある枝の生えた柱は磨き丸太をサンダーで削って、木目を出したもの。
「大黒柱」ならぬ、「女将さん柱」のイメージかな。
化粧を落として、わが身を削っても、家庭を支え、やさしく見守っている・・・

かえる好きの建て主さんがお気に入りの縫いぐるみを持ってきてくれました。
かえるが縁台から池を見下ろしています。

なかなか愛嬌のあるかえるで、

「かえるの家」を真心込めて造ってくれた筑波工務店の秦社長にそっくりに見えてきました。

子供たち3人がみんな結婚し、父とは母は16~17年前に長崎市を引っ越して島に帰っていきました。
祖父君神社の後ろの田んぼを埋めて、平屋の家を建てました。

父は新しく買ったボートで毎日釣りに出かけ、母は毎日庭で花木を作っていました。
孫のためにとボートにはトイレもついていましたが、孫たちは一度で船酔いして、二度とボートには乗りませんでした。いつも帰郷した弟が父の釣りに付き合っていました。
母が亡くなってから、庭の花も寂しくなりましたが、今では父が花の世話をしています。
「お母ちゃんのようにはうまくつくれんなあ・・・」とつぶやいています。

父の家の設計条件は平屋であること、40坪未満であることの二つでした。
アイ○○ホームで父が設計を進めていたものを村長が取り上げて、設計し直しました。
だって、父の設計では母の家事室が家の真ん中の陽の当たらない場所だったものですから・・・

玄関ポーチには今年買った耕耘機が置いてありました。
また何か企んでいるのでしょう。

雑草もみんなひっくるめて、ジャーッと草刈機で庭の芝を刈るのも父の運動です。

庭の東の畑には例年サツマイモを植えていますが、今年は半分だけでした。
父の作るサツマイモは時々ワークスでもおすそ分けしますが、とても人気です。

平面は東に寝室があって、真ん中に8畳の和室と、西側にリビングがあります。
寝室の北側に父の書斎があって、ダイニングに畳敷きの母の家事室があります。

西側のリビングには寒がりの父のために暖炉が備えてあります。
時々村長も薪割りをしますが、なかなか様になりません。
ぶどう棚の下が車庫になっていて、何故だか今年は新車のプリウスがおいてありました。
83歳の高齢者によく新車を売りつけたものだと親戚が笑っていますが、父はTOYOTA車の最新装備を操作して嬉しそうです。 父は道具フェチなのです。

庭の南側は祖父君神社の大きな木立が繁っています。
何時だったか神社の木が越境していると怒って、父は大きな楠の枝をクレーン車を入れて切り落としていました。

母が亡くなって1年ほど元気がなかった父も随分元気になりました。

島の北部青砂ヶ浦の入り江に島で最も大きな天主堂があります。
故郷の島だけで30近い教会建築が残っています。
陸上交通の発達していない時代に、信者さんが暮らすひとつの入り江ごとにひとつづつ教会が造られました。

青砂ヶ浦天主堂は西の港青方の大曽天主堂、東の頭ヶ島の頭ヶ島天主堂と並んで3つの素晴らしい建築作品です。
1910年に建立されました。
頭ヶ島天主堂は石造ですが、青砂ヶ浦と大曽は煉瓦の外壁です。
建築的に正確に言うと木軸煉瓦積みの構造になっています。建物の骨格は木造なのです。
大曽はラウンドアーチ(ロマネスク様式の特徴)ですが、青砂ヶ浦はポインテッドアーチ(ゴシック様式の特徴)です。
ともに鉄川与助の設計施工です。

青砂ヶ浦でもマリア様は人々の暮らす入り江をやさしく見下ろしています。

私がこの天主堂を実測した30年前は、ステンドグラスの枠が木製だったような、ガラスももっと素朴なものだったような記憶があります。
鉛の枠できれいな色ガラスがはめられたステンドグラスは単純で素朴な意匠は変わっていません。

日本の西の果ての小さな島に、こんな教会が存在することが不思議な気がします。
しかも100年も前から・・・
そしていくつも、いくつも・・・


久しぶりに青砂ヶ浦天主堂を訪ねたのは雲の多い小雨がちらつく日でしたが、強い夏の陽射しがステンドグラスから差し込んで、堂内を輝かせていた30年前の感動が蘇ってきました。
30年前実測が済んで、卒論の相棒長沼くんと、窓から見える入り江の海にフリチンで飛び込みました。

福岡市城南区に竣工した「楓の家」は両親の住む敷地に子ども家族がともに暮らす住宅です。
ホントにスープの冷めない距離。島で親が暮らしている村長としては羨ましいです。
両親の庭の楓を残しながら、空間を立体的かつ細やかに構成しています。

中央ウグイス色が、「楓の家」担当の馬場小葉紅です。
たくさんの方に見学に来ていただきました。
「楓の家」の二人の子どものためのスツール「おわんチェア」。
馬場小葉紅デザイン、飛鳥工房製作。
製作担当者吉山ジュンさんのオシリにもピッタリでした。
ジュンさんは元ワークスメンバーです。

村長の大好きな二人も自転車で来てくれました。
相変わらずの人もやっかむ「おしどり夫婦」。
青い月の中川さん。

村長にも小さなお友達ができました。
両親と赤ちゃんの弟が「楓の家」を見学している間ずっと、外の受付でおりこうにお人形さんを抱っこしていた小さなレディー。

別れ際にハイタッチしてくれたね。
ありがとう。
どんな仕事だってそうだと思いますが、建築設計は出会いと発見と、そして喜びの繰り返しです。

ひとつのかけがえのない家族のための住宅
仲のよい複数の家族のための住宅
一人で暮らす母のための住宅
信徒の寄付によって建てられる質素で凛とした集会所
障害者の子どもを持つ家族がともに暮らす森のほとりの小さな村
保護されない子どもを守る新しいシステムを立ち上げる構想
人工の新天地に森みたいな住宅地をつくる企画
信じる医療を実現するために夢を描く医師のための診療所
スタッフが笑顔で自信をもって商品説明したくなるショールーム
週末に心と体を思いっきりリラックスさせる海辺の別荘
心からのおもてなしをさりげなく支えるお店のインテリア

ひとつとして私たちに生きる喜びを教えてくれない仕事はありません。
みんなと一緒に、楽しみながら仕事ができる、この現在に感謝しています。

下関市役所のそばに見つけた建物です。
凝った屋根の下に、ひとつだけ特徴的にパンチングされたな側面の大きな壁が目を惹きました。

正面は劇的な立面です。
佐世保の親和銀行本店を設計した建築家白井成一の流れを引くデザインでしょう。
自信に溢れた強い建築デザインの建物に出会えるのはうれしいものです。
ファサード3層分を飾る縦の格子は、30mmほどの丸く削った木を真鍮の金物で継いでいました。
圧倒的でボリュームのある外観デザインを、緻密な詳細デザインが支えています。
全体と細部、集中と余白、遮蔽と透過、素材のつきつけと分節・・・
建築がさまざまな寸法の決定によって成り立っていること。
建築家は建築各部の寸法を決定する職人であることを思います。

下関に行ったのは、次女のバレー発表会を観る妻に強制連行されたもの。
お駄賃にジャケットを買ってもらいました。
「茂木謙悟さんを囲んで」建築を語る会は㈱渡辺藤吉本店の研修所篠栗山荘を会場にさせていただきました。

この山荘は昭和2年の建設で