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2007年03月09日

長崎ランタンフェスティバル

長崎のまちが中国に染まって、赤く輝いていました。
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竹馬の友、重野君の案内で初めてのランタンフェスティバル。
中華街「新地」から始まったお祭りは年々盛大になって、長崎の唐人町「館内」から、寺町、浜の町アーケード、眼鏡橋の架かる中島川周辺までランタンと光のオブジェで埋め尽くされて、町中が燃え上がっているかのよう。
異郷の地に来たような、タイムスリップしたような、独特の感覚は歴史都市長崎ならではのもの。
原子爆弾によって無惨に初期化された浦上地区と違って、長崎の旧市街地は昔ながらの街の構造が残っています。諏訪神社、今博多町、馬町、八百屋町、麹屋町、寺町、崇福寺、興福寺、鍛冶屋町、賑町、銅座町、築町、新地町、籠町、舟大工町、館内町、丸山町、出島町・・・・深い入り江の貿易港を望む中島川沿いの谷あいの旧市街には400年の歴史が積層していました。
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長崎はこの100年ばかりの間に、出島に象徴される西欧文化が喧伝されてきましたが、実質には中国アジアに向けた拠点機能が人的にも経済的にも圧倒的だったことを思います。このフェスティバルの盛大さは長崎市民になった華僑の力があればこそなのでしょう。
中国の留学生や日本の若者たちが大きな声を張り上げ、館内町の赤く輝くランタンの下、アジア的屋台には若いカップルが溢れていました。

欧から亜へ。
このようなところにも、時代の潮目が見えているのかもしれません。

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