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2007年04月15日

外海のマリア

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私は海を眺めると心が落ち着きます。

できれば日本海や玄海灘のような北側の海でなく、日向灘のような東の海でなく、有明海や枕崎のまぶしすぎる南の海でなく、蒼かったり、赤く映えたり、白く輝いたり、暗く荒れたりする変幻自在な西の海が好きです。
これは中川タクマさんの写真のように美しく撮れませんが、長崎県西彼杵半島外海町にある遠藤周作記念館から眼下に広がる「西の海」です。(中川さんはなんと美しい紺碧の海を写すのでしょう!)
4月の東シナ海(角力灘)は水平線に白く靄がかかって海と空が繋がっています。

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記念館から見える集落に白い大きな教会があります。

以前ご紹介した大野教会の主任教会である出津教会です。
外観内観とも非常に端正な姿をしています。明治15年にド・ロ神父によって建設されました。
明治26年に同じくド・ロ神父によって設計建設された大野教会と同様に、他の教会とは異なる独特のデザインです。(2回の増築によって外観のプロポーションは創建時とは異なるのですが。)
どちらも教会建築というより修道院建築のようです。

奇をてらうことなく、華美でなく、質実で簡素でありながら、オリジナリティーに溢れている、そんな建物が私は大好きです。

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私には長崎に恋人がいます。
西の海を見下ろす急な斜面の森のほとりで、いつも西の空を背にして、信徒が少なくなった小さな教会を見守っています。
異教の主の母ですが、人気のない森に佇む姿は観音菩薩のようでもあります。
ちなみに私の守護仏は田舎暮らしの達人堀江さんによると文殊菩薩なのだそうです。

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木洩れ日の後光が射すお顔はいとおしく、逢うとまた元気を取り戻せるような気がするのです。

コメント

子どもがカトリックの学校に通うようになり、イエスキリストのさまざまな行事や話・祈りを子供からたくさん聞き、ほんとに学ぶことが多くなりました。私もカトリックの幼稚園に行ったのですが、断片的ですが色んなことを覚えています。
外海町あたりは父と母の実家を行き来する道中(佐世保~長崎)よく通ったように思います。
キリスト教といっても宗派もあり教えも違い、また私は宗教のことはよくわからず、無宗教ですが、
奉仕の精神・感謝の心は同じ・・・。
ゆっくり外海にも行ってみたいものです。
奉仕の精神・感謝する心

やなぎさん、コメントありがとうございます。

私は小学校に上がる時に上五島から長崎に出てきて、西坂や浦上のそばに住んでいました。友人たちにはカトリックも多く、11人兄弟もいました。小学生の頃天主堂は遊び場でした。
外海や五島の小さな教会には、制度としての宗教ではなく、本当に自分を超えてゆくありがたいものが存在しているような気がしています。
それが「奉仕の精神・感謝す心」なのかもしれませんね。

ハズカシイですね。でも、私もあの西の海が好きです。畔刈から魚市場を抜けて、海岸沿いのあの起伏の激しい路を、よく叔母の車に乗っけてもらい走ってました。外海からの夕陽は、言葉をなくすほど、見事。叔母は、今も、毎日その夕陽を見ているので、ちょっぴり羨ましいです。

>制度としての宗教ではなく、本当に自分を超えてゆくありがたいものが存在しているような気がしています。

なんとなく、わかります。外海に関しては、イエスさまより、ド・ロさんのほうが、よっぽど、近く、有り難い。掴み所のない「神様」より、目の前で愛を注ぎ続ける「神様」。それが、奉仕であったり、感謝のココロになるのは、自然な流れだと想います。信仰と、いうものを、外海は、本当に考えさせられる町です。

お盆に、村長さんの恋人と逢い引きをしようと想います。どうか、お許しを。

タクマさん、お盆には外海に寄られるのですね。
どうぞ!どうぞ!彼女は訪れる人も少ない大野教会で、一人で寂しいおもいをしています。(本当は神様に見守られて、寂しくなんかないのでしょうけど。)どうか声を掛けてあげてください。

すてきなマリア様です。
私の父が亡くなり・・・それをきっかけにして、私のマリア様の旅がはじまっています。

穏やかな海を見下ろす、、、ほこらに、、、ひっそりと潜む小さな??マリア像・・・をさがしています。

その話をしたところ、母が有明海ではないかと言い、このサイトにたどり着きました。

あありがとうございました。

高橋淳子さん、はじめまして。
拙いブログに訪問いただいたこと感謝します。
ブログを引っ越していたために、高橋さんのコメントに気づくのが遅くなりました。

私の本文では分かりにくいかもしれませんが、上のマリア様は長崎県外海地区大野教会のマリア様です。

どうぞ、高橋さんが素敵なマリア様にめぐり合えますように。

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